#31 バイバイ!ブラック企業

「やっと決まったか」

名探偵コナンであれば、会議室にある灰皿が凶器となり、間違いなく上司は被害者になっていたことであろう。

八木沼はこういうやつであった。あくまで自分は何でも知っていると。少しでも相手の優位に立っていると思わせる絶妙なネチャアとした言葉が得意なのだ。
この発言で、やはり八木沼が僕を潰しに掛かっていたことが明白に露見した。もう隠す必要も無いと。

「で、どこの会社?」

僕は一言、あなたには言いたくありません、と言った。
「それは困る。こっちにも人事に報告する義務があるんだよ」

僕は内心ガチギレである。八木沼は絶対に赦さないリストのプラチナ殿堂入りを果たした。
大阪の課長はなんだかんだ、やり方がうまく、僕は当時は傷ついたものの、怨恨をずっと残しているわけではない。が、八木沼は別だ。

だったら人事に直接言ってやるわい!と言いたくなる衝動にかられたが、僕はこの頃にはもう会社を何のしこりもなく辞めることだけに注力していた。
相手からの嫌味な言葉だけ受け取って、相手に揚げ足を取られるような事は何一つ残さず、クールに去る。

僕は結局転職先の会社名を告げ、退職の日程などを調整することとした。

ちなみに後学のためにお伝えしておくと、今の日本において、会社の制度は従業員に優位にできているそうだ。正当な理由なき解雇をしても、会社は裁判で負ける可能性が高いため、狙いを定めた社員にはありとあらゆる手で嫌がらせをしてくる会社がある。まさに僕のいた会社がソレだった。(こちらも証拠を持って裁判すれば結局は同じことだと思うが…)

全国のパワハラ上司の皆さん、そう、そこのあなた!これだけは覚えておいてください。被害者はあなた達の言動を一生忘れません。少なくとも僕は一生忘れません。自分の背中に一生気をつける覚悟で言葉を発してくださいね。

辞める日が決まってからというもの、僕は心の平静を徐々に取り戻していった。さすがに転職が決まってからは八木沼の執拗な攻撃は劇的に減った。
僕の得意先は八木沼が引き継ぐことになったため、僕が着任してからほぼ何も進展のないペラペラな引き継ぎをして、得意先周りをして、あっという間に終わりを迎えた。
正直、退職の日のことはほとんど覚えていない。立つ鳥跡を濁さず。僕はただ静かに会社を去った。