#25 八木沼という男

僕が辞める要因。それはもちろん人間関係が原因だった。

ここで新しい部署の課長について触れておく。40代くらい、にやけ顔を見ると絶妙に腹が立つこの男の名前を、ヤギのような顔つきから八木沼とでも呼んでおこう。
八木沼は僕が司会を務めていた生産会議にはあまり顔を出さず、表舞台には出ず、権力のある部長にへこへこし、どっちかというと目立たない、課長としてのレベルは中の中くらいの男という認識だった。

八木沼は僕が着任するとすぐに対面での簡易ミーティングを行った。
冒頭、僕は信じられない言葉を聞いた。
(僕の内申書らしき書類を見ているようで)「お前会社に入ってから一度もB評価以上取ってねぇのかよ、ったく信じられんわ」と。

大阪のときの課長は感情で話すタイプでは無く、理論で攻めてくるタイプであった。
それに比べると八木沼は感情や言葉の汚さで罵ってくるタイプの人間であった。

なんて失礼なヤツだ。と思うと同時に、自分の立場も理解していた。
情けない。着任早々こんなことを言われるなんて。
僕は言い返す言葉も見当たらず、ただただ浪費してきた営業時代の自分の成績を呪った。
そして僕は悟った。こんな冒頭からフルパワーで攻めてくるか?こいつは俺を潰しに来ているかもしれない。

実際、営業をしていると僕に攻撃を仕掛けていると思える行動や言動は次々と出てきた。
あまり言葉の細部は思い出せないが、初めて営業日報を提出したとき、「ふーん、文章はまぁまぁ書けるじゃん(ニヤケ顔)」というセリフは今でも覚えている。そんないちいちイラっとさせる言葉をねちゃねちゃと言ってくる。

この男と裁判になった場合、音声を全て録音していればおそらく僕が容易に勝てるであろうと思わせるほど執拗に粘着してきた。
ただ、当時の僕からすると、仕事面、人間関係両方で窮地に立たされていたため、裁判とか、社内通報制度などといった救済措置に頼る気力もないほどに疲弊していた。

今、当時のことを振り返ると、精神的に疲弊しているといってこちらから一方的に長期休暇を申し入れ、その間に転職活動をすれば良かったと思う。自分の感情が壊れるくらいなら、休暇に入るという選択肢は、僕はありだと思っている。

実際、僕はこの上司のもとで体を壊す寸前まで追い詰められた。
慢性的なストレスで胃腸が弱くなり、過敏性腸症候群の手前のような状況に陥った。
今でも仕事で一時的にストレスに感じるときなど、おなかが緩くなることがある。

この仕事を半年ほど続けた頃、感情の起伏が減り、笑うことが減り、ただただ会社にいることが苦痛になってきた。彼女とも相談し、遂に転職を決意することになった。