#16 代官山課長

僕が初めて働いた会社では新しい上司が決まるとその上司に電話をして「宜しくお願いします」と言う通例となっている。

新しい課長の名前は町の名前が付いていたため、代官山課長とでも名付けよう。早速代官山課長に電話をしたところ、課長は不在であったようだ。

電話口の社員に代官山課長の人となりを聞くと、なんともバツの悪い感じで、またかけ直しますとのこと。

 

しばらく待っていると先程の社員から連絡があった。自席からではなく、私用の携帯から掛けているようだ。内容としては、「ちょっと問題のある方で、注意してください。何かあればご相談に乗ります」といった趣旨の話だったと記憶している。

おいおいおい、俺の上司は問題のあるやつしかいないのか?勘弁してくれと頭を抱えた。

 

数時間後、ようやく代官山課長と電話が繋がった。あぁ、君が新しい部署の〜。そうか、よろしく~。うちの会社にはいないようなゆっくりした口調。のんびりしているのか、眠いのかよくわからないような感じであった。思ったほどヤバくはない…のか?

 

そうこうしているうちに課長が異動してくる日がやってきた。そして初顔合わせ。課長の見た目は岸部四郎のような見た目で、高齢なことが伺えた。

生産管理の仕事について、何から手を付けていいのか分からず、色んなところ、色んな人に仕事のやり方を聞いているようだが、いまいち要領を得ず、ボーッとしてやる気は感じられない。

肝心の課長がこんな感じなので、見かねた東京本社スタッフが声をかけてきて、東京に出張して今までその業務をやっていた人に教えを請うこととなった。

 

東京出張初日、代官山課長は新幹線の切符を無くしたかで遅刻しているようで、指定の時間には僕だけが着いた。遅れて課長がやってきたが、気もそぞろで、教えを請うような気配も無かった。僕は必死だったため自分の与えられた役割を覚えることに注力していた。

生産管理の仕事は初めてだったので飲み込むには時間がかかったが、一週間ほどのレクチャーでなんとか覚えることができた。

 

過去の販売データと営業が入力する今年の販売予測をもとに月間の生産スケジュールを作る。そのスケジュールを工場に送り、日単位のスケジュールを作成してもらう。工場で生産する商品はほとんど僕のスケジュール通りに作られることがわかり、責任の重大さを感じることになった。

結局のところ、僕はレクチャーを受け続けていたが、ついぞ課長がレクチャーに加わることは無かった。この時から課長は仕事ができないタイプの人間ではないかと気づき始めたのだった。

 

大阪に戻ってからも課長は仕事をする気配がなく、お飾り課長として席に座っていた。僕からすればただでさえ新設で忙しいにもかかわらず、席でボーッとしてたまにゴニョゴニョ雑談をしてくる課長は邪魔にすら感じていた。

そんなある日のある朝、代官山課長が出社して来なかった。