印西市の障害者加算計上ミスについて思うところ

今日は番外編です。
本職はケースワーカーですので、生活保護関連のニュースにも触れていきたいと思います。

さて、ヤフーニュースで印西市の福祉事務所が障害者加算の算定を誤ったため、保護受給者に対し保護費の返還を求めるという旨の記事が出ました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a9b422984f17d8346c34c1e573037e506436f05a

コメント欄にて様々な意見がありましたが、よく目についたのは福祉事務所が間違ったのだから職員や査察、市長が返還すれば良いという内容でした。

今回はこの記事に対する見解を現役ケースワーカーの視点からお伝えしていきたいと思います。

生活保護受給者(以後被保護者と表記)は身体障害者手帳、精神保健福祉手帳等を所持していると障害者加算が受けられる場合があります。

受けられる場合があると記載したのには訳がありまして、身体手帳は所持しているだけで加算をつけることができるのですが、精神手帳には複雑な確認作業が必要になります。

精神手帳1級または2級を所持している場合、被保護者に加算をつけるかどうかの判断をするために、ケースワーカーはまず該当の被保護者における障害年金の裁定請求権を確認します。

なぜ裁定請求権を確認するかと言うと、様々な優遇を受けたいがために、医者にどうしても欲しいと頼み込んで発行してもらった「ナンチャッテ手帳」を所持している可能性があるからです。
ナンチャッテ手帳を所持している障害者の人には加算は付けられないため、面倒ですがこのような確認作業が必要になっているのです。

次に障害年金の裁定請求権について見てみます。
以下、日本年金機構のホームページより抜粋

  • - -

障害基礎年金の受給要件
次の1から3のすべての要件を満たしているときは、障害基礎年金が支給されます。

1.障害の原因となった病気やけがの初診日が次のいずれかの間にあること。
国民年金加入期間
・20歳前または日本国内に住んでいる60歳以上65歳未満で年金制度に加入していない期間

2.障害の状態が、障害認定日(障害認定日以後に20歳に達したときは、20歳に達した日)に、障害等級表に定める1級または2級に該当していること。

3.初診日の前日に、初診日がある月の前々月までの被保険者期間で、国民年金の保険料納付済期間(厚生年金保険の被保険者期間、共済組合の組合員期間を含む)と保険料免除期間をあわせた期間が3分の2以上あること。
ただし、初診日が令和8年4月1日前にあるときは、初診日において65歳未満であれば、初診日の前日において、初診日がある月の前々月までの直近1年間に保険料の未納がなければよいことになっています。
また、20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件は不要です。

  • - -

とても長いので、ものすごく噛み砕いて説明すると、ちゃんと年金保険料を払っている(または20歳前で年金保険料を収めていない)ときに手帳の原因となる病気になった場合、障害年金の裁定請求権が発生します。
年金機構だって、きちんと保険料を納めてもらっている人に支給したいですからね。

裁定請求権が無いと分かった人はどうなるのでしょうか?
→ナンチャッテかどうかの判断ができないため、推定で加算を付けることができてしまいます。(そもそもこれが甘いという意見はあると思います)

裁定請求権があると分かった人は次のステップに進みます。
裁定請求権がある人には、手帳取得の基になった病気を初めて診てもらった病院から診断書を発行してもらいます。初診のときと違う病院に通っている場合、診断書は現在の病院含め2箇所で計2枚必要になります。

診断書が揃った後、障害年金の請求に必要な書類(病歴を詳細に記入する書類などもある)を集め、年金機構に提出します。ここまででかなり煩雑な作業を伴いますので、該当の被保護者は自分一人で請求するのは難しく、ケースワーカーが手伝ったり、社会保険労務士に頼む方も中にはいるそうです。

裁定請求ができ、かつ障害の基になった病気の初診日から1年半が経過している被保護者にようやく加算を付けることができます。

ただし、ここから更に確認が必要です。
裁定請求したら必ず受給できるとは限りません。
受給できた場合、そのまま加算継続で終わりですが、受給できなかった場合、つまりナンチャッテ精神だった場合、受給できないことが分かったタイミングで加算は無くなります。

請求却下と判定された場合でも、手帳取得から1年半経過し、まだ精神手帳が必要と認められていた場合、再度裁定請求に望むことができます。時間をかけて、改めて受給できるのか確認するというわけです。

2度目の裁定請求したタイミングで加算を付け、そこでも受給できなかった場合、加算を外し、2度と加算がもらえなくなります。
(2022年5月21日追記)
令和3年度東京都運用事例集では裁定請求は何度でも請求でき、その度に加算計上が可能との見解が記載されていました。

と、上記の通り精神手帳の被保護者に対する障害者加算は、確認作業が多く、この一連の内容を理解して正しく運用できるかは担当ケースワーカー、査察、保護費のチェックを行う経理の理解力にかかってくるわけです。

印西市の記事によると、精神手帳を持っていれば加算が付くと勘違いしていたとあるため、加算判断の初期段階で年金の裁定請求権があるかどうかの確認を怠ったと思われますが、これには一部同情できる理由があります。

というのも、私が説明したフローチャートケースワーカーのバイブルである保護手帳や運用事例集に記載があるものの、少しでも読み飛ばしてしまうと、あたかも精神手帳を持っていれば加算が付けられると勘違いを誘引するような文章にも取ることができるからです。

大学を出たての職員でもケースワーカーになることはありますし、全く畑違いの部者から回されてくる職員もいます。
つまり福祉事務所の中には生活保護業務に疎い職員だってもちろんいるわけです。
ワーカー歴が浅くとも全てを完璧にこなしてこそプロと言われればそれまでなのですが…

本来であれば今回のような特に難しい事例については福祉事務所内で共有し、新人向けの勉強会などで伝えられれば良いのですが、そのような時間的、人員的な余裕が無い場合が多く、また他にも気をつけなければならない事項は多いため、この問題のみに注力すれば良いというわけではありません。

ではどうすれば未然にミスが防げるでしょうか?

一つはやはり査察の指導力向上でしょう。新人ケースワーカーがミスをしても、それをリカバリーしてくれる査察の存在は必要です。ただし、この査察も福祉事務所経験があるとは限らないのです。
そのため、査察向けに間違いが起こりやすい箇所をまとめたQ&Aを整備し、査察は全項目を熟読して業務に望むといった対策が必要だと思います。

二つ目は福祉事務所全体で注意喚起を行うこと。先程のQ&Aは査察に限らず広く公開する。公開後、特に経験年数の多いワーカーが率先して周囲の職員に注意を促すなど、周りに影響を与え合うことが必要だと考えます。

三つ目はシステムの改善です。
生保システムと障害情報は連携できるため、障害者加算1、2級を取得した被保護者の事務処理を行う際に、障害者加算適用判断を確認するよう警告文を表示するなど、ケースワーカーに優しいシステムであって欲しいものです。

また、問題はこれだけでは無く、そもそもの生活保護制度の設計にも問題があると考えます。
昨今はお金の稼ぎ方の多様化や、コロナの蔓延など、社会情勢は目まぐるしく変わり、その度に厚労省は保護課に対する新しい通知を乱発します。
ケースワーカーは逐一その内容を把握し、細かい調整業務を行っています。正直なところ、日々の業務で精一杯なのに、次から次へと追い打ちが来ます。

生活保護の制度設計をした人はある意味ものすごくきちんとした制度を作ったと思いますが、それを維持するため、整合性を取るために、厚労省は制度のメンテナンスにとても時間をかけ、またそれを全ての福祉事務所に伝え、理解してもらわなければなりません。

無限に増えていくルール、それに追いつかなくてはならないケースワーカー、昔に比べケースワーカーの仕事量は年々増加していると言います。

なお、今回はケースワーカーのミスがあったということで、生活保護法第78の2は適用できず、保護費からの天引きはできないと思われますので、被保護者からは時間をかけて返還を求めることになります。(78の2については詳しい説明をまたどこかしたいと思います)

その際、ケースワーカーや査察などから費用の返還は原則求めませんが、世論が強く動けば首長の給与返上などがあるかもしれません。

そもそも論ですが、もっと制度そのものを簡略化するわけには、いかないですよねぇ。
という現場からのつぶやきでした。